記者コラム

「原爆の図」

 夏になって、空知管内秩父別町にあるお寺を思い出した。「原爆の図」で世界的に知られる丸木位里さんが、妻・俊さんの実家の善性寺を訪れていた。いつもベレー帽姿で、言葉の少ない人だった。取材でお会いしても多くの言葉を聞くことができなかった◆今、同寺の丸木美術室にはびょうぶ画「原爆の図」があるという。広島が出身の位里さんが、原爆投下のあと俊さんと一緒に救援活動をした体験が生んだ絵は、第1部の「幽霊」から始まって15作の連作「原爆の図」となった。当時は、ほとんど知識のないままに丸木さん夫妻にお会いして失礼したが、数年後に位里さんが亡くなったと聞いた。ちょうど20年前のことだ◆6日の広島、9日の長崎の原爆投下が70年前の出来事。位里さんは94年、俊さんは88年の生涯の中で戦争を体験し、今もその画で悲惨な戦争を伝えている。そんな足跡が北海道にもあることを知ってほしいと願う。東日本大震災が招いた福島原発の事故、そして集団的自衛権の論議。位里さん、俊さん夫妻が秩父別町に帰ってきたら、何と言っただろうか。あごに蓄えたひげが怒っていたかもしれない。  (本多)

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